□■□ 奈良尾町漁協婦人部 □■□ 

 奈良尾町漁協婦人部は、昭和33年10月に発足し、今年で創立45年になります。最盛期の部員数はまき網漁業に従事する家庭のご婦人方を中心に約500人の時もありましたが、現在は合併した岩瀬浦地区も含めて250人程度になっています。
 この婦人部では、小、中、高校での料理教室の講師や、漁協が行う浜掃除への参加、奈良尾・若松トライアスロンの後夜祭への協力等地域への貢献等を中心に活動されています。とりわけ祝い事などの行事では、アジやイワシを使った「おかめずし」、アジやサバを使った「生ずし」といった郷土料理を提供し、郷土文化の伝承に貢献しています。また、地元の公民館で開催される結婚式では、地元の三大郷土料理といわれる「豆ようかん」「上ようかん」「厚焼き」を作り、他の料理とともに郷土色豊かな結婚式の演出にも貢献されています。
 これからも、「互いにできることを協力し合う」ということをモットーに地域の中に交わって、食生活改善、環境改善への取り組みを続けていくこととされています。
この婦人部では、1月、5月及び9月にご主人方の航海安全と大漁を祈って地元の奈良尾神社で大漁祈願も行っています。
 この祈願が長崎県下全域の漁業活性化に繋がることを期待します。


<メモ>
*おかめずし: ニンジンやネギ等とおからを炒めて酢飯とあわせたものを、三枚に卸し酢でしめたアジやイワシで巻いたもの。
*生ずし: 腹開きにして甘酢に漬けたサバやアジに、胡麻入りの酢飯を詰めたもの。
*豆ようかん: 小豆を原料にした甘さを控えた羊羹。
*上ようかん: 山いもや長いもを擂って蒸したもの。
*厚焼き: アジ、エソ、サワラ等のすり身と卵及び砂糖を混ぜ、よく擂って焼いたもの。

 

掲載 : 2003.12.19

 

  □■□ 五島漁協婦人部岐宿支部加工部 □■□ 

 五島漁協婦人部岐宿支部では、6人の気のいい素敵なお母さんたちが定置網で揚がる魚を利用した加工品作りに励んでいます。
 岐宿は古くから漁師町として栄えてきた町でしたが、水産加工においてはこれという特産品がありませんでした。
 そこで立ち上がったのが加工部の6人の皆さん。地元で、手作りかつ家庭の味をそのまま伝える水産加工の特産品を作ろうと、「巻かまぼこ」を中心にただいま奮闘中だそうです。

 昨年度末には待望の加工施設が完成し、これまで以上に、地元の産業祭・漁火祭などのイベントにも積極的に参加して、評判も上々のようです。
 そして、なんといっても、お客様に「ありがとう」とか「おいしかったよ」と言われることが何よりもうれしいとか。
 今後は、地元で「夕暮れ市」を定期的に開催していく予定であり、そのような場を通じて開発した岐宿のおいしい加工品をたくさんの方に食べてもらいたいそうです。
 そして、ゆくゆくは自分たちの直売所を持つことを夢見て、浜のお母さんたちは今日も明日もがんばっています。

 

掲載 : 2003.12.05

 

  □■□ 「磯焼け」に挑戦する小佐々町漁協青年部 □■□ 

 小佐々町漁協青年部は、ごち網、巻き網、魚類養殖などに従事する35歳以下の漁業者33名で構成されています。これまでに、マダイ等の種苗放流、各種イベントへの参画、視察研修、学習会の開催、他地区グループとの交流など、様々な活動に積極的に取り組んできました。
 全国的な問題となっている磯焼けについては、小佐々町においても藻場が激減するなど深刻化していることから、青年部は「磯焼け対策」に挑戦することを決意し、平成12年度から地先毎に磯焼けの続く原因の究明と、その対策法をさぐる取り組みを開始しました。

 これまでに、地区を選んで(1)海藻の種の供給(クロメ種糸設置、マメダワラ・ノコギリモク移植、アラメ母藻設置)、(2)海藻の食害を防ぐ対策(ウニフェンス設置、ガンガゼ等駆除、魚カゴ設置、魚ドーム設置、魚ネット設置)などに取り組んできました。時化の日や漁の合間を見計らって部員が集合し、手法の考案から構造物の作製、駆除作業、設置まで、全て自分たちで行いました。
 その結果、各地区毎の磯焼けの続く原因が判明し、有効な藻場回復法も見出され、一部の地区では藻場がほぼ回復しています。小佐々町漁協青年部は、これからも新たな地先への取り組みを拡大し、広い範囲の藻場を造成できるように頑張っていきます。

 

掲載 : 2003.11.21

 

  □■□ 故郷にUターン 〜竹下千代太さん・敦子さん〜 □■□ 

 島原半島の南串山町には、Uターンして家業のまき網漁業を継いだ“活きのいいご夫婦”がいます。
 夫の竹下千代太さん(39歳)は長崎市内の高校を卒業後、上京し東京水産大学に進学されました。卒業後、水産関係の会社に就職し11年間のサラリーマン生活を経て、故郷にUターンしまき網漁業に従事されています。父親の康徳さんは「毎年の水揚げは変動が大きく生活は安定しないので、自分の後を継ぐ必要はない」という考えでしたが、千代太さんは、「人に使われるサラリーマンより、自分で魚を獲る漁業をしたい」との熱意が年々高まり3年前にUターンを決意されたそうです。
 一方、奥さんの敦子さんは生まれも育ちも横浜の都会っ子で、千代太さんとは同じ大学の同級生。結婚する時には、千代太さんの「漁業をしたい」という気持ちを聞いていたため、いつかは夫の田舎で暮らすことになると覚悟は決めていたそうです。南串山町での生活は、「習慣や言葉の違いなどから、まだ田舎暮らしに溶け込んでいるとは言えませんが、日々の新しい発見や体験を楽しんでいます」とのことです。

 ご夫婦は「全国の人々に対し漁業者の声を聞いてもらいたい」という気持ちからHP(ホームページ)を開設されています。このページでは、南串山町の紹介、日々の漁模様、千代太さんが獲ってきて加工された煮干しについて等が紹介されています。また、最近はHP上で煮干しの小売りも始められております。「自分たちが獲った魚がどんな人達に食べられているのか知りたい、その魚を獲った自分たちを知ってもらいたい」という考えで始められたそうです。詳しくは下のアドレスにアクセスしてください。
 今後、お二人のますますのご活躍に期待しております。

竹下千代太さん(左)と敦子さん(右)

天洋丸のホームページ  http://www.ne.jp/asahi/tkst/tenyo-maru/index.htm 

 

掲載 : 2003.11.07

 

  □■□ 大村湾南部漁協松田組合長・川口支部長 □■□ 

  大村湾の冬の名物、といえばナマコです。大村湾のナマコは柔らかくおいしいため、各地で高い評価を受けています。しかし、近年値段が安かったり水揚げ量が減ったり、アカナマコ、アオナマコに比べ商品価値が非常に低いクロナマコの割合が多くなるなど大村湾のナマコ漁業を取り巻く環境は厳しくなっています。
 そんな中、どうにかしてナマコ漁業を立て直そうとがんばっている“活きのいい人”がいます。
 大村湾南部漁協松田組合長、そして同漁協の川口理事(長与地区)です。

松田組合長(左)川口支部長(右)

 近年、品質の悪いナマコが大村湾産ナマコに混ぜられて出荷され、大村湾産ナマコの評価が落ちている、と松田組合長は言います。この対策として、昨年から、大村湾南部漁協では大村湾産ナマコを出荷する基準をきめたり、出荷する袋に出荷者の名前を入れたりと品質管理を行っています。こうすることで管理の良さ、品質の良さをPRして、高く取引されるように努力をしています。
 また、大村湾では、ナマコ資源の維持・増大のため稚ナマコを放流しています。しかし、せっかく放流しても、ナマコが小さいと生き残る確率が低くなってしまいます。川口理事は自分の作業場に大型の水槽(なんと手作り!!)を2基設置しナマコを数ヶ月育てて、大きくしてから放流しています。
 さらに、川口理事は商品価値の低いクロナマコを集め、キンコ(干しナマコ)、コノワタ(腸の塩漬け)、コノコ(卵巣の塩漬け)に加工しています。特にキンコは品質がよく、国内外から問い合わせが集まっています。
 「大村湾は長崎県水産業の要!」「波静かで隠れる場所が多い大村湾で魚介類は生まれ育っている」と二人は口をそろえて話します。この大切な大村湾を守るため、そして漁業者の明日のため、彼らは情熱を持ってナマコ漁業の立て直しにがんばっています。

 今年の正月、大村湾産のナマコはいかがでしょうか。きっと、一口かめば彼らの情熱が伝わると思います。

 

掲載 : 2003.10.17

 

  □■□ 対馬真珠養殖青年部 □■□ 

 宝飾品の中でも真珠は、ダイヤモンドなどの鉱石とは異なり、唯一生きた生物から生産される宝飾品です。生き物から生産される真珠は、環境の変化や真珠を作り出すアコヤガイの質、養殖管理等、様々な要因で製品の良し悪しが左右されるため、高度な養殖技術が必要となります。
 全国の真珠生産額の2割を占め、長崎県の真珠養殖を代表する「対馬」には、その真珠養殖の将来を担うたのもしい後継者が集まり「対馬真珠養殖青年部」を組織しています。
 この青年部は、正式には平成11年に発足し、今年で5年目を迎え、部員も17名になりましたが、元々、平成8年に起きたアコヤガイ貝柱の赤変化による大量へい死を機に活動が始まったそうです。
 その後、平成12年には全国的な真珠単価の急落により、対馬の真珠業界は大きな痛手を受け、その不況の波は、今も真珠業界に影響を及ぼしています。
 そのような状況の中、この青年部では「もっと高品質の真珠を創ろう!」と各々が日々努力して得たものをお互いに情報交換をしながら技術向上を図り、高品質の真珠作りに力を注いでいます。
 これまでに真珠の品質を決める要素となる”巻き”と”テリ”を中心に研究をおこなってきた結果、”巻き”については、海況の影響やアコヤガイの管理が大きく影響してくることがわかり、今後は”テリ”についても研究を進めていくそうです。
 また、対馬の真珠の特性を探りながら新たな対馬の真珠ブランドを確立することも目標の1つだそうです。
 漁業後継者が減る傾向にある現在において、このように若い人たちが日々努力している姿をみて「彼らであれば、これからも、どんなに大きな波が押し寄せてきてもそれを乗り越えていくに違いない」と感じました。

対馬真珠養殖青年部

発足当時から続けている赤変状況調査は現在も継続されておこなわれている。
この日も夜遅くまで、調査と品質向上の検討会をおこなった。

 

掲載 : 2003.10.03

 

  □■□ ブランド魚“壱岐剣(いきつるぎ)”の生みの親 
                     大久保 照享(てるたか)さん 
□■□ 

 「不況、不況と言っててもはじまらん。逆に壱岐の漁師は今がチャンスと思ってやらんといかん。」と大久保さんは熱く話してくれます。
 現在、大久保さんは勝本町漁業協同組合の理事で、壱岐地区漁業士会の会長でもあります。日頃は漁協・漁業士会の活動にとどまらず、地域の行事でも何かあるたびにひっぱりだこです。「俺はみんなのなんでも屋よ」とは大久保さんの言葉。
 壱岐 勝本港は県下有数のケンサキイカの水揚げ港です。ケンサキイカは身に甘みがあり美味しく、“イカの王様”とも言われます。しかし、流通の過程で鮮度が落ち、特に壱岐のような離島では、消費者に届くのが2,3日後となってしまいます。
 そこで、大久保さんは離島のハンディを克服し、「消費者に獲れたてのイカの味わいを伝えることができないか」といつも考えていたそうです。

 大久保さんは19トン型イカ釣り漁船に乗り、スルメイカを追って日本海を南北に航海しています。平成9年に北海道の港に入港した時、スルメイカを凍結する際に使うイカと魚箱の間に敷く波形容器をみて、鮮度を保つ出荷トレーの開発を思いついたそうです。その後は漁業士仲間とともに出荷トレーの試作、改良を重ね、平成12年に出荷専用トレーが完成しました。

大久保照享さん

 壱岐では、このトレーを用いて出荷する大型ケンサキイカをブランド魚“壱岐剣(いきつるぎ)”と称し、主に関東、関西方面へ出荷しており、市場関係者、料亭などから高い評価を得ています。
 大久保さんにこれからの展望を聞くと「壱岐がイカの島ということを知ってもらいたい。島に来る人に美味しいイカを食べてほしい。」という回答がかえってきました。壱岐島の水産業の発展のため、これからも活躍が期待されます。

 

掲載 : 2003.09.19

 

  □■□ 上五島町漁協婦人部 □■□ 

上五島町漁協婦人部のみなさん

  上五島町漁協婦人部は昭和34年7月に設立されましたが、一旦活動を停止し、昭和52年12月に再開されました。当時の部員数は164人でした。現在の部員数は58名で、主に「きれいな海と環境づくり」に取り組んでいます。たとえば、廃油石けんづくりや使用促進、EM菌(有効微生物群)を利用した環境改善や講習会などによる普及活動などを行っています。また、町内で年1回開催される「ざーまよ祭り」での産品直接販売で、EM菌を利用した製品の販売等も行っています。
  漁協婦人部の活動が内湾域の浄化に貢献し、五島の海がいつまでもきれいであるように期待しています。

 

掲載 : 2003.09.05

 

  □■□ 漁業一筋現役女性漁業者 熊川ヨシさん □■□ 

 ヨシさんは、現在76歳で息子(50歳)と福江市崎山地区で定置網漁業に従事している笑顔が素敵な元気一杯の現役女性漁業者です。ヨシさんは昭和21年に20歳で結婚したご主人が漁業者であり、その手伝いをしなければならなかったのが、漁業を始めた動機だそうです。ご主人は様々な漁業を経験しており、彼女は子育て(3男5女)の忙しい中、昭和33年から本格的に小型定置網に従事するようになり、今でも息子さんと一緒に揚網・出荷・網修理等をして46年目です。漁労作業は大変でまた危険(3回死ぬかと思ったそうです。因みにヨシさんは泳げないとのこと)を伴います。

熊川ヨシさん

それなのに、ヨシさんが現在まで漁業を続けることが出来たのは、ヨシさん自身の健康と辛抱・根性の精神と何事に対しても前向きな考えの持ち主ということ、また何よりも、仕事に対しては厳しく大酒呑みだったが優しい御主人や子供達の協力があったからだそうです。最近では、高齢であるため子供達はヨシさんが漁に出ることを心配しているようですが、海と船が大好きなヨシさんを止めることは出来ないようです。ヨシさんは漁業者同士が助け合って、これからの漁業を発展させてもらいたいと念願しています。

 

掲載 : 2003.08.15

 

  □■□ 鹿町町漁協女性部 □■□ 

  鹿町町漁協女性部では、鹿町町で獲れる新鮮な魚介類をもっともっと多くの人に食べてもらいたいという思いから、加工・販売活動を平成9年から始めました。
 現在では加工に4人、販売に10名と役割分担し、漁協の加工場でミリン干し、イカ一夜干しなど約13品目を加工して、店舗販売や町内の老人施設、保育所、学校の給食センターへ販売しています。

 その他、年3回町内で行っている朝市のイベントにも積極的に参加していましたが、今年1月からは毎月第1日曜日の「加工品販売セール」を加工場で開催するようになりました。
 最近では、鹿町特産の加工品として町外への贈答品に使われることも増え、漁協への電話注文も増えてきています。これからも、女性パワーでの地産地消の取り組みに期待します。

加島町漁協女性部

 

掲載 : 2003.08.01

 

  □■□ 島本利幸さん(島原漁協)、松村和啓さん(島原市農林水産課) □■□ 

松村和啓さんと島本利幸さん

   島原地域ではフグのことを「ガンバ」といいます。地元ではこの「ガンバ」の知名度が高く、「これを生かさない手はない」ということで、島原市は「トラフグによるまちおこし」を目指して、今年6月からトラフグの陸上養殖試験を開始しました。 
  そして、その中心人物がここで紹介する島本さんと松村さん。
  島本さんの本業は漁協の販売事業担当で、漁がある時は、朝の3時に出勤しなければならず、松村さんは島原市の水産担当でハードな仕事をこなしているそうですが、トラフグの習性である「しっぽ噛み」によって商品価値がさがらないように、毎日、仕事が終わった後に水槽を覗き込んでは「尻尾はどうだ?歯切りを早くしなければ!」とガンバ相手に忙しい日々を送っています。

 そんな彼らの目指すところは、薬を使用しない「安全・安心なガンバの養殖の確立」です。これはきれいな海水を使用した陸上養殖を行って「寄生虫がつかない環境にする」ことで可能になるそうですが、労力や費用などさまざまな課題もあります。
 しかし、若い彼らの頭の中には「ガンバによるまちおこし戦略」がしっかりと描かれていて、その瞳は輝いていました。
 がまだせ(がんばれ)!両名。
 


<場所>  長崎県島原市新田町347−4
<問い合わせ先>  島原市農林水産課(TEL:0957−62−8028)

掲載 : 2003.07.18

 

  □■□ 長崎市新三重漁協婦人部 □■□ 

 「長崎市新三重漁協婦人部」は昭和37年発足し、現在部員は58名。
 部長の樫田さんを先頭に、ある時はコツコツと、またある時は明るく華やかに活動しています。
 毎月第1日曜日に開催される漁協の大漁朝市では、部員の人たちが集まって、とりたての魚介類を材料に「アジ・カマスの開き」「ところてん」「塩わかめ」「あおさ」などの海産物を手作りして格安で販売しています。

長崎市新三重漁協婦人のみなさん

 それに、昨年末には漁協婦人部の直売所「はまいそ」がオープン!!
 徐々にではありますが、着実に販売活動の範囲を広めています。
 一方、イベントなどに積極的に参加することで、地域にも大きく貢献しているという実感が婦人部の中に芽生え、毎日張り合いをもって生活しているとのこと。
 最近では「魚醤干し」という新たな加工品の研究・開発などにも意欲的に取り組んでいて、家族や漁協に支えられながら活き活きと活動に取り組む彼女たちの姿はとても輝いています。

掲載 : 2003.07.02